この記事では、成年後見制度の利用を経済的な理由でためらっている方のために、国と市区町村が実施する「成年後見制度利用支援事業」について、制度の概要から具体的な助成内容、申請方法までを専門家が分かりやすく解説します。費用負担を軽減し、安心して制度を利用するための一歩を踏み出しましょう。

成年後見制度利用支援事業とは?

成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分な方の財産管理や身上保護を行い、権利を守るための重要な制度です。しかし、制度を利用するには家庭裁判所への申立て費用や、選任された後見人等への報酬が必要となり、経済的な負担が大きな課題となることがあります。

この経済的なハードルを下げるために設けられたのが「成年後見制度利用支援事業」です。この事業は、低所得であるなどの理由で費用を負担することが困難な方に対し、市区町村が申立て費用や後見人等への報酬の一部または全部を助成する制度です。これにより、経済状況に関わらず、誰もが必要な支援を受けられる社会を目指しています。

制度の目的と背景

この事業の主な目的は、高齢者や障害者の権利擁護です。判断能力が不十分な方が、悪質な契約トラブルに巻き込まれたり、財産を不当に搾取されたりすることを防ぎ、尊厳ある本人らしい生活を継続できるよう支援します。全国どの地域に住んでいても、経済的な理由で制度利用を断念することがないよう、国が方針を示し、各市区町村が主体となって事業を実施しています。

助成金の概要

項目 内容
正式名称 成年後見制度利用支援事業
実施組織 お住まいの市区町村(事業管轄:厚生労働省)
目的 低所得の高齢者や障害者に対し、成年後見制度の利用に要する費用を助成することで、権利擁護を図る。
対象者 認知症高齢者、知的障害者、精神障害者等で、経済的理由により制度利用が困難な方。

助成金額と対象経費

助成される金額や上限は、お住まいの市区町村によって異なりますが、主に以下の2種類の費用が対象となります。

1. 申立てに要する費用

家庭裁判所に成年後見の開始を申立てる際に必要となる初期費用です。費用の全額または一部が助成されます。

  • 申立手数料:収入印紙代など
  • 登記手数料:法務局に後見登記をするための収入印紙代
  • 郵便切手代:裁判所からの連絡用
  • 鑑定費用:本人の判断能力について医師の鑑定が必要な場合の費用(5万円~10万円程度かかることもあります)

2. 後見人等への報酬

後見人、保佐人、補助人(およびそれぞれの監督人)が選任された後、その活動に対して支払う報酬です。家庭裁判所が本人の財産状況に応じて決定した報酬額のうち、本人が支払えない部分について助成されます。

【重要】助成上限額の目安
多くの自治体で、本人の生活状況に応じた上限額が設定されています。以下は一般的な例であり、実際の金額はお住まいの市区町村にご確認ください。

  • 在宅で生活している方:月額 28,000円以内
  • 施設等に入所している方:月額 18,000円以内

例えば、家庭裁判所が決定した報酬額が月額20,000円で、本人が施設入所中の場合、上限額18,000円の範囲内であるため、全額助成の対象となる可能性があります(本人の資産状況によります)。

助成の対象者と詳しい条件

助成を受けるためには、市区町村が定める所得や資産の要件を満たす必要があります。こちらも自治体によって基準が異なりますが、一般的に以下のような方が対象となります。

  • 生活保護を受給している方
  • 世帯全員が住民税非課税である方
  • 上記に準ずる程度に収入が少なく、資産(預貯金等)が一定額以下の方
  • 居住用の不動産以外に活用できる資産がない方

注意点:親族後見人は対象外の場合が多い
多くの自治体では、助成の対象を弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職後見人や法人後見に限定しており、配偶者や子などの親族が後見人になる場合は、報酬助成の対象外となることが一般的です。これは、親族間の扶養義務の観点などから、報酬の発生を前提としないケースが多いためです。

申請方法と手順(ステップ・バイ・ステップ)

助成を受けるための手続きは、大きく分けて「事前相談」「申立て」「助成申請」の3つのステップで進みます。

ステップ1:市区町村の窓口へ事前相談

まず最初に行うべきことは、お住まいの市区町村の担当窓口に相談することです。本人の状況を説明し、助成制度の対象になるか、どのような手続きが必要かを確認します。

  • 65歳以上の方:高齢福祉課、長寿支援課、地域包括支援センターなど
  • 65歳未満の障害のある方:障害福祉課、支援課など

ステップ2:家庭裁判所への申立て

相談の結果、制度利用が必要と判断されれば、家庭裁判所への申立てに進みます。申立てを行う人(申立人)によって、その後の流れが少し異なります。

  • 市長申立て:身寄りがない、親族が協力できないなどの事情がある場合、市区町村長が申立人となります。この場合、申立て費用は一旦市区町村が立て替えます。
  • 本人・親族申立て:本人や親族が申立てを行います。申立て費用を一旦支払った後、助成の申請をすることで費用が還付される場合があります。

ステップ3:報酬助成の申請

後見人等が選任され、活動期間が経過すると、後見人等は家庭裁判所に報酬付与の申立てを行います。裁判所が報酬額を決定する「報酬付与の審判」が出たら、定められた期間内(例:審判確定の翌日から3ヶ月以内など)に、市区町村へ報酬助成の申請を行います。

必要書類の例

申請に必要な書類は自治体により異なりますが、一般的には以下のものが必要となります。必ず事前に窓口で確認してください。

  • 成年後見制度利用支援事業 助成金支給申請書
  • 家庭裁判所が出した「報酬付与の審判書」の写し
  • 後見登記事項証明書
  • 本人の収入や資産状況がわかる書類(預貯金通帳の写し、年金振込通知書、非課税証明書など)
  • 施設に入所している場合は、入所契約書の写し
  • 後見人等名義の振込先口座がわかるもの

助成を受けるためのポイント

この事業は、審査で落とすためのものではなく、本当に支援が必要な方に届けるための制度です。以下のポイントを押さえて、スムーズに手続きを進めましょう。

  • 早めに相談する:「費用が心配…」と感じたら、まずは市区町村の窓口や地域包括支援センターに相談することが第一歩です。
  • 正確な情報提供:本人の収入や資産状況については、正確に申告する必要があります。虚偽の申告は不正受給につながるため絶対に行わないでください。
  • 申請期限の厳守:特に報酬助成は、審判確定後の申請期間が短く設定されている場合があります。期限を過ぎると受け付けられない可能性があるため、注意が必要です。
  • 後見人等との連携:専門職後見人が選任された場合は、後見人等が助成金申請の手続きを代行またはサポートしてくれます。日頃から密に連携を取りましょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. どこに相談すればいいですか?
A1. まずは、お住まいの市区町村の高齢福祉担当課(65歳以上の方)または障害福祉担当課(65歳未満の方)にご相談ください。地域の身近な相談窓口である「地域包括支援センター」でも相談が可能です。
Q2. 助成金は毎年申請が必要ですか?
A2. はい、後見人等への報酬助成は、家庭裁判所が報酬付与の審判を出すたびに(通常は1年に1回)、その都度申請が必要です。自動的に継続されるわけではないのでご注意ください。
Q3. 自分の住んでいる市に助成制度があるか分かりません。
A3. 厚生労働省の調査によると、令和3年時点で全国の97%以上の自治体で助成制度が設けられています。ほぼ全ての市区町村で実施されていますが、詳細は必ずお住まいの自治体のウェブサイトや窓口でご確認ください。
Q4. 本人が亡くなった後でも報酬助成の申請はできますか?
A4. 多くの自治体で、本人の死亡後に家庭裁判所が報酬付与の審判を出した場合でも、申請が可能です。ただし、申請できる人(元後見人等)や申請期間が定められているため、速やかに市区町村に確認してください。
Q5. 助成額はどのように決まるのですか?
A5. まず家庭裁判所が本人の財産状況を考慮して報酬額を決定します。その決定額に対し、市区町村が定める助成上限額の範囲内で、本人の収入や資産からみて負担可能と判断される額を差し引いた金額が助成されます。生活保護受給者など、負担能力がないと判断される場合は、上限額の範囲内で全額助成されることが多いです。

まとめ:まずは一歩、相談から始めましょう

成年後見制度は、大切な家族やご自身の権利と財産を守るためのセーフティネットです。その利用を経済的な理由で諦める必要はありません。「成年後見制度利用支援事業」は、そのための心強い味方です。

制度の内容は自治体ごとに細かな違いがあるため、この記事を参考に、まずは第一歩として、お住まいの市区町村の担当窓口や地域包括支援センターへ連絡し、「成年後見制度の費用助成について相談したい」と伝えてみてください。専門の職員が、あなたの状況に合わせた具体的なアドバイスをしてくれるはずです。