キャリアアップ助成金「短時間労働者労働時間延長支援コース」とは?
「パート従業員が『年収の壁』を気にしてシフトを減らしてしまう…」「年末の繁忙期に人手が足りない…」そんなお悩みをお持ちの事業者様は多いのではないでしょうか。いわゆる「106万円の壁」「130万円の壁」は、労働者の手取りが減る可能性があるため、多くのパートタイマーが就業調整を行う原因となっています。
この問題を解消し、企業の人手不足対策を後押しするため、2025年7月1日よりキャリアアップ助成金「短時間労働者労働時間延長支援コース」が新設されました。この制度は、事業主がパート・アルバイトなどの短時間労働者の労働時間を延長し、新たに社会保険に加入させる取り組みを支援するものです。1人あたり最大75万円(小規模企業の場合)という手厚い助成が受けられ、人材確保と従業員の処遇改善を同時に実現できる注目の制度です。
この記事では、新設された「短時間労働者労働時間延長支援コース」の概要、支給額、要件、申請方法まで、事業者の方が知りたい情報を網羅的に解説します。
制度の背景にある「106万円・130万円の壁」問題
本助成金を理解する上で欠かせないのが「年収の壁」問題です。なぜ多くのパート従業員が働く時間を抑えるのか、その背景をおさらいしましょう。
106万円の壁:社会保険(厚生年金・健康保険)の加入義務
従業員51人以上の企業などで働くパートタイマーが、以下の要件を満たすと社会保険の加入対象となり、保険料の自己負担が発生します。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が8.8万円以上(年収約106万円以上)
- 2ヶ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
年収が106万円を超えると、約15万円前後の社会保険料負担が発生し、結果的に手取りが減ってしまう「働き損」の状態になるため、労働時間を調整する人が多くいます。
130万円の壁:配偶者の扶養から外れる
勤務先の規模にかかわらず、年収が130万円を超えると配偶者などの社会保険の扶養から外れ、自身で国民年金・国民健康保険に加入しなければなりません。これにより年間で約25〜30万円の保険料負担が発生し、こちらも手取り収入が大幅に減少する原因となります。
これらの「壁」が、働きたい意欲のある労働者の就業を妨げ、企業の人手不足を深刻化させる一因となっていました。「短時間労働者労働時間延長支援コース」は、この壁を越える際の労働者の手取り減少を緩和し、事業主の保険料負担増を助成金で支援することで、働き控えの解消を目指す制度なのです。
助成金の支給額と要件を徹底解説
助成額は、企業の規模や取り組み内容に応じて1年目と2年目の2段階で設定されています。特に従業員30人以下の「小規模企業」は手厚い支援が受けられます。
【1年目】の支給額と要件
新たに社会保険を適用させ、以下のいずれかの取り組みを行った場合に支給されます。
| 取り組み内容(労働時間延長+賃金増額) | 小規模企業 (30人以下) |
中小企業 | 大企業 |
|---|---|---|---|
| 週所定労働時間を5時間以上延長 | 50万円 | 40万円 | 30万円 |
| 週所定労働時間を4時間以上5時間未満延長 + 賃金5%以上増額 | |||
| 週所定労働時間を3時間以上4時間未満延長 + 賃金10%以上増額 | |||
| 週所定労働時間を2時間以上3時間未満延長 + 賃金15%以上増額 |
※複数年かけて段階的に要件を満たす場合も対象となります。
【2年目】の支給額と要件
1年目の取り組み後、さらなるキャリアアップを促すため、以下のいずれかの取り組みを行った場合に上乗せで支給されます。
| 取り組み内容 | 小規模企業 (30人以下) |
中小企業 | 大企業 |
|---|---|---|---|
| ① 週所定労働時間をさらに2時間以上延長 | 25万円 | 20万円 | 15万円 |
| ② 基本給をさらに5%以上増額、または昇給・賞与・退職金制度を新たに適用 |
これにより、例えば小規模企業の場合、1年目の50万円と2年目の25万円を合わせて、1人あたり最大75万円の助成を受けることが可能です。支給人数の上限はありません。
申請から受給までの5ステップ
助成金を受給するための基本的な流れは以下の通りです。
- キャリアアップ計画の作成・提出
対象労働者に社会保険を適用させる日の前日までに、「キャリアアップ計画書」を作成し、管轄の労働局またはハローワークに提出します。 - 労働時間延長・賃上げ等の実施
計画に基づき、雇用契約書等を改定し、労働時間の延長や賃金の増額を実施します。 - 6ヶ月間の賃金支払い
取り組みを開始した後、6ヶ月分の賃金を支払います。この期間、対象労働者は雇用保険の被保険者であることが必要です。 - 支給申請(1年目)
6ヶ月分の賃金を支払った日の翌日から2ヶ月以内に、管轄の労働局またはハローワークに支給申請書と必要書類を提出します。 - 2年目の取り組みと支給申請
2年目の助成を受ける場合は、社会保険適用から1年経過後、さらに労働時間延長などの取り組みを行い、同様に6ヶ月継続後に支給申請を行います。
よくある質問(Q&A)
- Q1. 既存の「社会保険適用時処遇改善コース」との違いは?
- A1. 既存コースが主に「106万円の壁」を対象としていたのに対し、新コースは「130万円の壁」も強く意識した制度設計になっています。労働時間延長の要件がより具体的になり、助成額も増額、特に小規模企業への支援が手厚くなっているのが大きな違いです。
- Q2. シフト制で働く従業員も対象になりますか?
- A2. はい、対象になります。雇用契約書などに「平均の週所定労働時間が約●時間となるようシフトにより調整する」といった形で、労働時間が延長されたことが客観的にわかるように明記されていれば問題ありません。
- Q3. 申請に必要な主な書類は何ですか?
- A3. 主に以下の書類が必要です。
・キャリアアップ助成金支給申請書
・支給要件確認申立書
・雇用契約書または労働条件通知書(取り組み前後)
・賃金台帳(取り組み前後6ヶ月分)
・出勤簿またはタイムカード(賃金台帳で労働時間が確認できない場合) - Q4. 助成金の申請はどこに行えばいいですか?
- A4. 事業所の所在地を管轄する都道府県労働局またはハローワークです。郵送や電子申請も可能です。不明な点があれば、まずは管轄の労働局に問い合わせてみましょう。
まとめ:助成金を活用し、働きやすい職場環境へ
キャリアアップ助成金「短時間労働者労働時間延長支援コース」は、深刻化する人手不足に悩む企業にとって、非常に価値のある制度です。従業員が「年収の壁」を気にすることなく、その能力を最大限に発揮できる環境を整えることは、企業の持続的な成長に不可欠です。
本助成金を活用することで、企業は社会保険料の負担を軽減しつつ、従業員の満足度と定着率を高めることができます。特に支援が手厚い中小・小規模企業の経営者様は、この機会を積極的に活用し、人材確保と事業の安定化を目指してみてはいかがでしょうか。